これからのマルクス経済学入門 (筑摩選書)

置塩信雄氏による計量経済学によるマルクス経済学の再定式化、の流れをくむ経済学者による入門書。マルクスの「階級」概念の復権（第１章）、「疎外論」によるマルクス経済学の哲学的意義の概説（第２章）、および置塩経済学による投下労働価値計算の意義（第３章）、各国経済の投下労働価値分析（第４章）からなります。それぞれのテーマは面白く、現代的意義もあると思います。特に通信・AI技術が発達した現代における「相対的剰余価値」や「資本の有機的構成の高度化」の動向については興味深いところです。残念ながら、各章において呈示される命題、結論が論証不足で、いささか突拍子もない印象を受けます。記述もジグザグしており、著者の思考を追いかけるのも難儀です。例えば、以下の諸点です。1)第２章：P105-疎外論の立場からする、廣松渉への批判。著者は「廣松がしたことは、前近代にせよ、近代にせよ、私がここで『疎外』と呼んだ機構の全てを『物象化』と呼び直した上で、『それはよくない』という価値判断を消し去ることだったように思います。つまり個々人が『物象』に縛られるのは当然という話になっているのです。」超・粗雑な批判でしょ。個人や実体から出発する近代思想を、関係論的に位置づけ直す、ポスト・モダン思想にもつながる廣松哲学の意義を完全に、レッテル貼り、論証抜きで貶めてます。2) 第３章では「貿易黒字の源泉は自国労働者の搾取」であるという言説を展開しています。しかし、このロジックには多分、数多くの前提が必要になると思うのですが、それらは記述されていません。現実の統計に表れる貿易黒字は、必ずしも各国経済の均衡状態の反映ではなく、技術革新や産業構造の転換などの動的な過渡現象である可能性も含まれていると思います。３）第４章は置塩理論による各国経済分析ですが、計算した投下労働価値から導かれる諸結論が全く理解できません。例えば、「投下労働価値の変化率と価格の変化の関係性」が突然取り上げられ、相関係数が0.436と相関を示しているのに、著者は無関係だと結論づけたりしています。いま一度、我田引水の一掃とロジックの再整理が望まれる本です。また、マルクス・エンゲルス『資本論』や置塩理論の時代とは異なり、いまや資本ばかりか、労働力も国境障壁を超える時代です。こうした新しい時代に対応する理論的枠組みの進化を提起する必要もあると思います。